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息子の就活④

とうとう首都圏も宣言が解除され、コロナ禍以前に戻すための時が刻まれ始めました。

人々はどのようにこれを捉え、考え、動いていくのでしょうか。

「一律」からもともとの「多様」へすぐに戻れる人と、そうでない人と。

入り混じりながらも、人はこれまでと同じ日常に戻らなくては、社会が成り立ちません。

今更ながら、怖いものと隣合わせだった自分を認識できた人も多かったのかもしれません。

事件であったり、事故であったり、持病を持っていたり、喫煙していたり。

感染リスクの高い職場だったとか、家族への配慮を怠っていたとか。

真面目に生きること、楽しむばかりでなく努力をすること、地に足を付けてしっかり考えて生きること。

そう。

考えて、探って、自分で道を決める人間の原点を、今回の騒動で教えられた気がしますね。

まだ過去形ではないですが―

 

 

というわけで、息子の話です。

最終面接まで何とかこぎつけた企業もありましたが、そのなかで親として、とても心苦しかった出来事がありました。

実は息子、色覚異常があります。

小学生のころ学校内の検査で引っ掛かり、眼科を受診するように言われ、診断を受けていました。

遠い昔のことで、その時も親として、息子に申し訳ないと心で詫びていた記憶があります。

色覚異常は完全に遺伝であり、息子の場合は私がその保因者であり、色覚異常は私のせいです。

ある企業で、最終面接の後に健康診断書の提出が求められ、その項目の中に色覚検査が含まれていました。

その企業は娯楽関係で、デザインや広告を扱う業種であり、息子は宣伝の職種を希望していましたが、やはり一律に色覚の正常は求められていたようで。

あっさり落とされました。

息子は私を気遣ってか、自分の面接が悪かったのだろうと言っていましたが、99.9%がその診断書のせいだと、私自身いや、おそらく息子本人もそう思っています。

悔しかったですね~。

私たち親子はこれまで日常生活において、この異常を意識してこなかったので、これには愕然としました。

ネットで検索をして、色覚のテストをしてみると、本当に彼が違う感覚をもっているということがわかりました。

私も娘も共通の色が、彼には違う色に見える。

私たちの正常が、彼の正常ではないことにびっくりして、そのことで今回、必要以上に息子を傷つけてしまいもしました。

 

兎にも角にもやっと掴みかけた内定を、私のせいで逃してしまったのは事実です。

何度も何度も彼に心のなかで詫びました。

 

こうして夏に入り、内定ゼロの息子は、まだ募集をしていて、なおかつ安定性のある企業を2社見つけて、あっさりと内定をもらうことに成功します。

息子にとって、まったくもって興味のない業種であり、おそらく就活生に人気もなかったので、どんな学生でも募集を受け付けつけていた企業のようでした。

内定がなくても、真面目で学歴もそこそこの息子と、うまく合致したのでしょう。

選り好みをしなければ、こうして内定にありつけるという典型です。

でも・・

内定をもらっても気持ちが晴れないのです。

あれほど欲しかった内定だというのに。

なぜか、まだまだ終わりだと思えずにいる。

就活を終わりにできずにいるんですね。

望まないゴールは、本当のゴールではなかったということでしょうか。

 

私と息子との間では、色覚異常で内定を逃したあたりから、今回の就活があまりに失敗だらけで、もう一度出直してみたいという気持ちが芽生え始めていました。

もう一度就活をするというのは何を意味するのか。

冷静に、その気持ちと向き合った時に降りてきた言葉が「就浪」。

私が思い切って提案しました。

提案した途端、速攻で前向きになった私とは対照的に、息子は簡単に答えを出しませんでした。

内定をもらった企業にとりあえずは就職してみて、そこでまた考えればいい。

いやいや、まったく興味のない企業に入ることが現実的にできることなのか。

だからといって、翌年に持ち越して、今度は成功するとは限らない。

いろんな考えが錯綜していたと思います。

そして、就職が決まってもいないのに、進路決定した友達とこれからの時間を過ごし、卒業旅行にも行くということ。

卒業式までの身の置き所のない辛さも想像でき、当たり前ですが躊躇をしていたのだと思います。

気楽にそれを勧める私とは違い、息子は完全に戸惑い、思い悩み、友達や先輩にも相談していたようです。

 

そうこうするうちに、夏の終わりが見えてきました。