今回も娘の就活の話を綴るつもりでしたが、その前にどうしても書き込みたいことがありました。
昨日1月31日をもって、ベネッセが運営するコミュニティーサービス「ウィメンズパーク」が終了しました。
2000年の運営開始から実に20年以上、世の中のお母さんたちを支えてきてくれたサイトです。
私ももれなく、ここに相当にお世話になったひとりなんです。
何年に登録したのか全く覚えていませんが、おそらく20年近くのウィメンズパーク歴があるはずです。
スレッドを立てる、レスをする。
こんな言葉も、ここで覚えました。
数えきれないほどの発言をし、数えきれないほど悔しい思いもしましたが、この掲示板が私にとっていちばんの友であったことは間違いないと思います。
思ったことを言葉にできました。
だから、互いに傷つくこともあったと思います。
攻撃的すぎる自分を認識することもできました。
決めつけが多い、「自分ならこうする」が多いという指摘も受けました。
これは非常にありがたかったです。
自分と人とは違うんだという当たり前のことを、ここで私は知ることになりました。
いろんなお部屋があり、最初は小学生の子どもがいるお部屋から入り、子どもが成長するにつれ、最後は大学生以上の子どもがいるお部屋で卒業しました。
他にもよく参加していたお部屋は、テーマパークのお部屋、旅行のお部屋など。
コロナ禍になってからは、よりたくさんの女性が参加しているフリートークのお部屋に結構入り浸りました。
コロナに対する激論が多かったですね。
私は当初から一貫して、コロナとの共存を言葉にしてきましたが、当然受け容れてもらえず、気持ちが悪いとまで言われました。
わかってくれる同志も少数ながら存在し、勝手に救われていました。
リアルでは交わせないやり取りができること。
ウィメンズパークは多くの女性にとって、そんな場所だったと思います。
旅行のお部屋にも、私の周りにはここまで詳しい人はいないという達人も多く、特に3年前のアメリカ旅行のときにはこのお部屋の方々にとてもお世話になりました。
達人の中のひとりの方には、このブログのお話もさせていただき、うれしいことにまた情報を提供していただくつもりでいます。
他にも大学生のお部屋でしたが、どうしても最後に話したかった人がいるなあ・・
テルルさんというハンドルネームでしたが、憧れるくらい強い人でした。
最後のほうは全くお見かけしなくなってしまい、コンタクトが取れず、残念でした。
私にとっては、支えになったという簡単なつながりではなかったこのウィメンズパーク。
もうかれこれ、12~3年前になると思いますが、私は夫に裏切られたことがあります。
それが発覚してからしばらくの間は、宙に浮いているような感覚で、普通の思考ができなくて、今から思うと廃人という表現がぴったりという時間を過ごしました。
その後、自律神経を乱し、難病診断をされて、入院して2年ほど車いすが必要な生活を経験するのですが、ここで私を救ってくれたのがこのウィメンズパークでした。
ただただ、同じような境遇の人を検索して、勝手に共感することで、心の支えになりました。
辛い思いをしている、同志がいる。
自分の親にも、きょうだいにも、ましてや子どもたちにも、誰にも話せないこと。
決して口には出せない思いを、この掲示板で代わりに出してくれる人がいて、自分の苦しい思いを重ねてこれたことが、当時の私を確実に救ってくれたのです。
これは本当に大きかった。
だから私にとっては、このウィメンズパークは命の恩人と言っても過言ではありません。
鼻っ柱だけ強かっただけの私を、真に強くしてくれたのです。
昨夜、この掲示板が閉ざされていくのを静かに見守りました。
多くの同志たちが同じ思いで、パソコンやスマホの画面を見ていたことでしょう。
昨年自分の家と別れ、昨晩最強の友と別れました。
別れが続いたけれど、今はきちんと自分の足で歩むこともできています。
寂しい気持ちより、ありがとうという気持ちがとても強いです。
別れた大切なものたちへ。
守ってくれてありがとう。
支えてくれてありがとう。
まだまだ私の人生は続いていきます。