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今どきニュース・旅行記・大学生&社会人の子ども情報など、50代女子のよろずブログ。

怖いのは・・

アメリカ旅行が終わり、通常運転の毎日。

と思いきや、年末はドイツへ行き、その前には毎年恒例の大掃除があり、たっぷりやることがあって、こりゃちゃんと年を越すことができるかどうかと、不安な日々を過ごしております。

通常運転でないのは、日本社会、国際社会も同様。

なんだか、にわかにざわついて、落ち着かない様子になってきた気がしませんか?

 

物価高で苦しむ国民が、声を大きく上げるようになってきた気がします。

そのひとつが選挙。

かろうじて与党の自民党が、大きく議席を減らしたものだから、103万円の壁の撤廃をひっさげた国民民主党がクローズアップされ、今や党首の玉木さんは時の人ですね。

おまけに、その人に愛人がいたとかで、これまた時の人が、いろんな意味でさらにパワーアップ。

掲げられた壁の撤廃は、社会保険の壁だってあるし、そのために自民党との駆け引きもあり、今度はそのあおりを受ける知事がちょっと待ってと声を上げ出してきて、わちゃわちゃ感満載の今の政治、どうなっちゃうんだろうっていう感じです。

少し前までは、ひとつひとつ気になって、ワイドショーやらYahoo!ニュースやらを見ていたりしましたが、もう、いろんな記事やらコメンテーターの意見やらで、だんだん面倒になってきて、決着がついたらまた目を向けてみようと思ってるところです。

 

そんな中、今度は兵庫知事選。

もともとのトラブル自体にあまり関心がなかった私ですが、少し前までネットでもテレビでも、斎藤さん、ひどく叩かれていましたよね。

そしたら、コロッと変わって、選挙に勝って、知事に復帰って。

なんだかもう、何もかもが怖い世の中だなあって感じます。

なにが事実で、なにが嘘で、なにが良くて、なにが悪いのか。

もともとの騒動についてや、その後の流れについて、よく知らないので、何も考えを書くことはできないのですが、ただ、多くの民衆が斎藤さんのもとに結集して、応援演説を見守っている映像を見て、怖さだけは覚えました。

少し前まで、叩かれていた人が、今は民衆を従えていること。

SNSの呼びかけでこうなったということを、斎藤さん自身が話していました。

選挙を戦った女性候補者の稲村さんの言葉にも、考えさせられました。

「斎藤候補者と争ったというより、何と向き合っていたのか、違和感のある選挙」だったと。

そう、これはこの選挙だけでないんだと思いました。

今の日本人が、日本自体が、何と向き合っているのか、なんだかわからないんじゃないでしょうか。

だから、ただただ熱のあるほうへとなだれ込んでいく。

その理由も、その結果も、熟考することもなく。

なんとなく、時代が流れていく、何かに傾いていく気運というか、潮流というか、そういうのを感じる今日この頃です。

 

私自身も、SNSの力、その怖さを認識しなくちゃいけない出来事がありました。

少し前に、今までにない、威圧的なコメントがこのブログに書かれました。

私のブログは、私にとって日記のようなもので、一応Googleで広告が貼られていて、報酬が発生しているようですが、この数年で数千円というわずかな金額です。

受け取り方法もわからないので、そのままになっています。

なので、なんら欲もなく、ブログを見てくださっている方も、ほぼ決まった方であり、ブログのアクセス数のようなものも、毎日200未満くらいでおさまっています。

ところが数か月前に、なんと急にその3倍以上の数となり、それがずっと続いて、驚いて原因を探ったみたら、ある記事に集中していることがわかりました。

ああ、これかあと思っていた矢先、その凍り付くようなコメントが寄せられたんです。

短時間で2回。注目の記事とは違う記事に。

内容は、「あなた不幸になるわよ、子どもたちもね」というような短文。

私は、自分が不幸になる分はもう恐れることはないのですが、子どものことに触れられたりしたら、それはもう放置することはできなくて。

コメント主や、コメントの意味を真剣に探りました。

その間、子どもたちに関する記事はすべて削除して、念のために、アクセス数が増した注目記事も削除しました。

最初は怖さ、そのあと悔しいとか、腹立たしいとか、そういう感情でいっぱいになり、ブログ自体もやめようと考えたりしましたが、数日たって、こんなことで私が負けてやめなくちゃいけないというのもおかしなものだと、いつものイケイケおばちゃんに戻りました。

同時に、冷静に考えることもできました。

私のその記事は、ある団体の悪口にもとれる内容が書かれていたんです。

私にとっては素直な感情であり、意見でした。

でも、それを支持する人からすれば、それはもう腹が立ったことでしょう。

一旦は削除したその記事を、大きく修正して、悪口にはならない内容にして、もう一度公開しました。

そう、私は大きな勘違いをしていたんですね。

自分の感情を出すことに、何の抵抗もなかった。

例えば、食事をおいしいかまずいか、それをそのまま素直に書き込む。

それは、悪いことじゃないかもしれないけれど、その先にそれを読むことで不快になる人が少なからず存在するということを想像すること。

それが欠如していたんですね。

何様なの?

そう思われても仕方のないことで。

そう、当たり前だけど、SNSで発信するということは、そういうこと。

家の中で、お菓子を食べながら、「あれさ~、ちょっとおかしいよね~」と、娘と話しているんじゃないんですよね、SNSって。

そういうことにね、改めて・・じゃない、たぶん初めて気が付いたんです、私。

それがどんなに怖いことか。

これまでは、私がどんなに本音をぶちまけても、アクセス数も少なかったし、常に私をわかってくれる優しい人たちに支えられてきていたんですね。

でも、ある記事がちょっとヒットしちゃったものだから、いろんな人が私の記事を読んでしまった。

そこで、「コイツ、なに批判ばっかしてんだよ!」となった人がいて、コメントを書き込んだ。

たぶんだけど、こういうことだったのかなあと、自分なりに推測しました。

これからは、自分の意見も書きつつ、画面の向こうに多くの人がいることも想像しつつ、しっかり心がけていくことにします。

 

そういうことで。

世の中が変わって、自分もそういうものに足を突っ込んでるわけですから、その怖さについてはしっかり肝に銘じなくちゃです。

あ、でも、SNSが怖いんじゃない。

実は自分がいちばん、アホなくらい怖い無知だったというオチ・・でした。

 

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